第十八世名人の称号を獲得しているプロ将棋棋士の森内俊之九段の著作「覆す力」を読んでみました。
森内九段の将棋人生が中心の構成になっています。
その中で印象に残ってみたものをピックアップしてみます。
第1章「竜王戦」
第1章「竜王戦」では、渡辺明竜王(当時)から竜王を奪取した2013年の竜王戦の話題が中心です。
森内九段は、渡辺棋王を以下のように表現しています。
渡辺さんは、読みが的確で深く、かつスピーディー。シャープでアグレッシブな将棋が持ち味だ。研究熱心で、次々と常識を覆すような新手を繰り出すことでも知られている。若さを体現したような将棋であり、ボクシングで言えば、見えない所からパンチが飛んでくるような怖さもある。(p.15)
渡辺明竜王(当時)の強さを相当警戒している事がよくわかりました。
そして若手棋士よりも経験豊富な大棋士の方が戦いやすいようです。
というのも、竜王戦はすべての棋士、そして奨励会員1人、女流棋士4人、アマチュア棋士5人が参加する最大規模の棋戦。
若手でも勝ち進めば挑戦→タイトル獲得のチャンスがあります。
そのため、勢いある若手というのは何をしてくるかわからない・何の作戦を用意してくるかわからないというのはなるほどなと思いました。
第3章「若手棋士」
第3章「若手棋士」では、森内九段のプロ入りから数年までの若手棋士時代の話が中心です。
森内九段が印象的だった敗戦として挙げていたのが、1990年1月に行われた竜王戦ランキング戦4組吉田利勝七段(当時)戦。
自分だけ一分将棋という不利な状況から相手にミスが出でチャンスが訪れたにも関わらず、負けにつながる最悪な手を指してしまったとの事。
「勝ち進めば羽生竜王(当時)に挑戦出来る」と思っていた自分が情けなかったことから、なんと東京千駄ヶ谷の将棋会館から横浜の自宅まで走って帰ったといいます。
覚えているのは、自宅までの三十キロを四時間かけて走ったことと、靴がぼろぼろになったことだけだ。(P.93)
森内九段の負けず嫌いな性格が現れているエピソードが印象的でした。
第5章「羽生さんとの名人戦」
第5章「羽生さんとの名人戦」では、永世名人の称号を獲得した翌年(2008年)以降の羽生さんとの名人戦を中心に書かれています。
2012年の名人戦時(挑戦者は羽生さん)には前年度の調子が上がらず”三割名人”と揶揄されながら臨んだ対局でしたが、何度も名人戦を経験している慣れから、悲観しているといった事は意外にもなくて驚きです。
結果は4-2で森内名人(当時)の防衛。
翌2013年も同じ顔合わせとなった名人戦では、
私は、自分のストレートが通用するうちに、新しい投球術を身に付けたいと思っていた。(p.175)
という心境だったと言います。
このままでは勝てなくなるという懸念から、「自分自身の進化」を求めていたようです。
具体的には
- 先手番で得意の「矢倉」を使わない
- 後手番で「何が来ても受けて立つ」
という方針。
実際の2013年名人戦第4局では、先手番の森内名人(当時)が▲2六歩△3四歩▲2五歩という「将棋界で評判の悪い手」をあえて指しました。
これで負けたら批判も浴びる事は承知の上、「これはおもしろい手」だという考えがあったことから、この手を選んだそうです。
この後矢倉に進むのですが、ちょっと特殊な矢倉戦に。結果は森内名人(当時)が勝利を収め、作戦はうまくいきました。
進化するスタイルが功を奏した結果の一例として挙げられていて、興味深かったです。何しろ3手目から変えていくというのは、結構勇気がいると思うからです。
森内九段の進化を求める姿が描写されていました。
まとめ
将棋ファンにとっては大いに楽しめる内容となっていました。
森内九段は昨年度は名人・竜王を失冠してしまいましたが、NHK杯では13年振り3回目の優勝を果たしました。
これからの森内九段の活躍に注目したいと思います。
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